430MHzのダクト伝搬について
      〜ダクトの発生メカニズムを考える
                                     (1996年 9月22日)


(1)はじめに

 一般に430MHzの電波伝搬は「見通し距離の範囲内」と言われていますが、
時として数百キロの彼方からの電波が強力に受信でき、大騒ぎになることがあります。
新潟県の例で言うと、北は7エリアの秋田県や青森県、8エリアの北海道、
西は9エリアの富山県、さらには3エリア、4エリア、6エリアなどとの交信がそれです。
 これは一般に「ダクトによる異常伝搬」と呼ばれており、
UHF帯以上の周波数(アマチュア無線バンドとしては理論的には430MHz以上に限る)
において見られる現象です。
(注意:2mまでのVHF帯では波長の関係上からダクト伝搬はできないとされています。
    そして強力なダクト伝搬においてプリアンプは必要ありませんし、アンテナも
    ロッドアンテナ程度の利得で十分交信ができます。出力に至っては
    QRP運用に相当する数ワット程度もあればじゅうぶんです。)
 当局が430MHzFMでの移動運用でハンディ機を使っているのは、
この「事実」を裏付けるためです。

(2)通常の(標準大気における)430MHzの電波伝搬

430MHz電波の伝搬はその日の気象状況による大気の屈折率によって
大きく変わります。
(注意:430MHz程度の波長では雨など空気中における降水粒子の有無は
    電波のとびには全く影響ありません。あくまでも大気の屈折率による
    影響であるので誤解の無いように!)
移動運用のベースポイントとして、長岡市、三島郡三島町を通る「西山林道」の中に運用ポイントを
選び、春先から秋までの約半年間に渡って移動運用を行っています。
 使用するアンテナ、出力、リグ、その他の機材などの条件は比較するために同じにしています。
 移動運用ポイントにおける標高は約300m近くありますので、通常交信が成立できる
電波の見通し距離はざっと片道70Kmまでといったところです。
この数値は「標準大気における電波の到達距離」として計算値で求められます。
 ここでいう「標準大気」とは、ご存知のように大気の層を断面として見たときに、
地上付近から上空に上がるにつれて気温が下がり続けている状態のことをあらわします。

電波の見通し距離の算出 L=4.12×√送信アンテナの高さ
 (係数4.12には標準大気における電波の屈折を含んでいます)

 電波の見通し距離の範囲内での交信においては、通年安定して交信することができるのですが、
この見通し距離を越えたさらに向こう側との交信となると、相手局が手前側の地平線の影に
なりますので、標準大気中において電波は相手局のところまでは飛んでいかなくなってしまいます。
(注意:紙に図を書いて見ると容易にわかります。ただし、山岳反射や回折を使う場合は
    例外となります。)

 ところが、普段は交信できない遥か遠くのエリアと驚くほど強力に交信できることがあります。
これが430MHz帯以上における「ダクトによる異常伝搬」なのです。

(3)「ダクト」とは?

 「ダクト」という言葉には、
「正体は何か良くわからないけど、とにかく遠くのエリアと交信することができてしまうすごいモノ」
というイメージがあります。そしてわけのわからないままいつからか「ダクト」という言葉だけが
一人歩きしている風潮があることは否定できませんし少し残念なことです。
 「ダクト」とはご存知のように「空気の逆転層」そのものです。
 「空気の逆転層」とはこれもご存知のように、文字のあらわすごとく大気の層を断面として
みたときに、上空に向かって気温が上昇している部分を指します。
つまりこの部分が「ダクト」なのです。
            ・・・詳細については無線工学などの書籍を参考されてください。
 ですから「空気の逆転層」が発生するためのメカニズムを知っていてそれを現実の気象現象に
あてはめていけば、自然とダクトの発生が予測できるというわけです。

 ダクトは基本的には風の弱い晴天の日であれば理論上1日に2回発生するわけですが、
現実には気温の変化とその大きさや速さ、風、湿度変化などの気象現象の変化によって
その発生頻度や発生時期、持続時間などは変わってしまいます。
 また、局地的にダクトが発生していたとしても、数百Kmにおよんで連続していなければ
遠い彼方からの電波は受信できませんから、結局は1年を通しても数回から数十回程度しか
ダクト伝搬として楽しめないことになってしまうのです。

(4)ダクト!その発生メカニズムに迫る!

 「ダクト(空気の逆転層)」は魔法や手品なんかではありません。「空気の逆転層」がその正体です。
そして、一般にいわれているダクト発生のメカニズムを整理すると次のようになります。
 ご存知のように電波は標準大気中において地球半径の約4倍の半径をもって伝搬します。
そして大気の屈折率の変化によって伝搬状態も変化します。
 よく言われている「コンディションが良い」とか「悪い」とかという表現は、この伝搬状態が
変わることによって感じていることなのです。
 一般に大気中での電波の屈折率は高度の上昇とともに一定の割合で低下します。つまりアンテナから
放射された電波は上空にいくに従って地上側にわずかにわんきょくするのです。
そこから得られる電波の到達距離は・・・

#標準大気中の電波の見通し距離の算出
  アンテナから放射された電波が直接届く距離
 d(Km)=4.12×√(自局のアンテナ高さ m + 相手局のアンテナの高さ)

   ところが、気象変化によってこの電波のわんきょく(屈折)の程度が変わることがあります。

先に述べたように標準大気状態では大地の局率と電波の局率の間には

   大地の曲率 > 電波の曲率

という関係があるのですが、上空にいくに従って電波の曲率(屈折率)が大地の曲率を上回る
場合が発生します。ここの部分が空気の逆転層、つまり「ダクト」による影響をあらわしています。

(無線工学では屈折指数の傾き dM/dhの変化率を使って表し、dM/dhが0よりも小さい
 場所が発生したところがダクトです。
 屈折指数の傾きは屈折率 n、気圧 P、絶対温度 T、水蒸気圧 e
 によって計算式で与えられます。つまりこれらの要素がダクト発生に一役かっている
 ということになります。)

 ダクトに対する電波の入射角が適当であれば、電波はダクトの中に閉じ込められ
ダクト内で大きな屈折を何回も繰り返し、結果として見通し距離をはるかに越えたところまで
伝搬するようになります。
 ダクト発生に関して理論的に説明でき、また広く知られているものとしていくつか挙げると・・・


@空気の移流現象によるもの

 海岸線付近で、朝から昼間にかけて暖まった地面上の空気が冷たい湿った海面上に流れていくと、
海面に近い下方の空気と上方の空気において空気の逆転層(dT/dh > 0,de/dh<<0)
が形成されます。


A夜間冷却によるもの

 昼間、太陽から輻射される熱によって暖められた地面は、夜間には逆に熱を放出して冷えていきます。
風の無い穏やかな日には、夕方から朝方にかけて地面が冷えるに伴って、これに接する大気が下方から
冷やされ、空気の逆転層(dT/dh >0)が発生します。
 この時に、たとえば雨が降って大地が湿っているとき、乾燥した空気が流れてきて
地面から蒸発する水蒸気を受け入れる状態にあるときには、水蒸気の受け入れによって上空の空気が
冷やされるので de/dh<<0 という現象を伴い、強力なダクトが発生します。


B沈降現象によるもの

一般に高気圧圏内に生じるもので、「高気圧」の存在がとかく言われる場合にはこの現象が大きく
関連します。高気圧圏内において空気が上方から下方に流れ、下方の大気を横の方に押し流しながら
沈んでいく大気の垂直運動のことで、例えばフェーン現象に代表されるように空気が下降する場合は
一般的に非常に乾燥するために気温が急激に上昇し(1000mの下降で約10℃)、海面上で生じた
時は海面付近の大気だけが海水面によって冷やされ空気の逆転層が形成されて強いダクトを生じる ものです。
 この場合は乾燥した空気の気温と海水面との温度差が重要になります。


このほかに、実際に体験した事例として海面上の広い範囲に渡って空気が停滞していて、かつ
海面付近に濃い霧が発生している時は、霧の発生に伴う潜熱の放出によって海面付近より霧の上方の
空気の温度が高くなって空気の逆転層が形成されることもあります。

ダクト発生の予測として大切なポイントは、そのメカニズムを押さえることです。
実際の気象現象はさまざまな要因が複雑にかさなりあっていますので、
どの要素がどの程度の影響を与えているかを把握したうえで、発生の有無、その規模や強さを
推測していくことが大きなキーポイントとなるでしょう。


(5)おわりに

 1995年からの移動運用では、当日の交信状況とダクト発生の有無を確認しながら
継続調査をしています。すると見事にダクト発生のメカニズムをこれまで述べてきたメカニズムの
応用で理論的に説明ができます。
 逆に言えば、理論的に説明できるものだからこそそのメカニズム、ポイントを理解していれば
ダクト発生の予測ができるというわけです。
 144MHz帯までのVHFではEスポによる伝搬が楽しめるように、日常は伝搬路における
電波の減衰の大きい430MHz以上のUHF帯では、ダクトによる異常伝搬が楽しめます。
あくまでも「異常伝搬」でのことですのでまったく実用にはなりませんが、楽しむ程度であれば
興味の尽きないものといえるのではないでしょうか。


                                   de JG0TEV

付録 「10W未満運用におけるダクト伝搬事例」

期間 1995年〜1996年

交信日時間相手局相手局運用地当局出力RS使用アンテナ
1995. 7.28.23:02JK4REO  鳥取県米子市 0.3w51K1FO
1995.10.13.23:08JK4BMI  鳥取県簸川郡 0.3w55K1FO
1996. 4.29.21:20JE9VJZ  富山県新湊市 0.3w59K1FO
1996. 4.29.23:32JE9IQW  富山県富山市 0.3w59K1FO
1996. 5.30.19:01JH7KVN/7秋田県南秋田郡0.3w53K1FO
1996. 5.30.19:20JM7WQM  秋田県秋田市 0.3w55K1FO
1996. 5.30.20:40JE8FCU  北海道松前郡 0.3w53K1FO
1996. 5.30.22:47JE8XCX  北海道松前郡 0.3w59K1FO
1996. 6. 9.20:27JH7IOQ  秋田県秋田市 0.3w56K1FO
1996. 6.13.22:00JM7SQU  秋田県秋田市 0.3w59K1FO
1996. 6.13.22:59JH7TMA  秋田県秋田市 0.3w59K1FO
1996. 7.13.19:53JA8UEB/8北海道苫小牧市2.0w56RH−770
1996. 7.19.20:34JM7BWU  秋田県秋田市 5.0w59RH−770

◎運用にはハンディ機(STANDARD C550)を使用。
◎運用モードは全てF3。
◎RSレポートの数字は、当局上記出力時に相手局から送られたRSレポート。
◎アンテナ設備は次の通り
 K1FO  ・・・自作 K1FO 22エレ2列1段
 RH−770・・・市販ロッドアンテナ RH−770

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